碧南市を取り巻く状況
1.碧南市の背景
愛知県が平成26年に発表した南海トラフ地震による被害想定では、本市臨海工業地帯の津波や液状化は、共に東日本大震災のような大きな被害は想定されていません。
しかしながら、企業訪問による臨海部企業との情報交換によると、東日本大震災のイメージにより本市の臨海部企業は取引企業等から不安視されていることが分かりました。
そのため、南海トラフ地震に対する本市臨海部の安全性を周知するとともに、BCP(事業継続計画)の策定など、防災力を高める取組が求められています。しかし、臨海企業の中には中小企業も多いことから、自社だけでは解決できない問題が多く、BCPの策定等が進まない現状があります。
そこで、本市は商工会議所とともに、自社の努力の限界を補完し、近隣企業が連携して防災力を高める仕組みを、臨海部全エリアで構築するための取組を始めました。
2.国、県の状況
経済産業省中部経済産業局は、中部地域は世界屈指のものづくり産業が高度に集積している一方、南海トラフ地震の発生リスクのある地域であることから、災害時の産業活動の継続を重点に置いた対策として、「地域連携BCP」を提唱しています。平成26年9月に、沿岸地域の工業集積地において地域連携BCPを展開していくための研究会を立ち上げ、本市を委員として選出すると共に、本市の臨海部をモデル地域として立地企業に対してアンケート調査を実施しました。
また、愛知県衣浦港務所は、今後想定される巨大地震等の事前対策、避難及び港湾物流機能の早期回復に向けて、港湾関係者が幅広く連携して広域的に取り組むための検討会議を立ち上げ、本市を委員として選出しました。そして平成27年3月に策定した衣浦港港湾BCPの普及に向けて、本市の臨海部をモデル地域として重点的な普及を図っています。
臨海工業地帯の被害想定
南海トラフ地震 (過去地震最大モデル) 発生時、本市の臨海工業地帯の震度は最大で震度7、津波は最大で3.5mと想定されています。また、液状化による沈下量は、工業地帯の大半は10cm未満となっており、一部で10~30cmと想定されています。 臨海工業地帯にある工場の敷地の標高は概ね3.5m以上であることから、東日本大震災のような津波被害の発生は想定されていません。また、臨海工業地帯の東側に面する国道247号・港南1号線は緊急輸送道路に指定されており、災害発生後は優先的に復旧されることになっています。
■ 想定する地震
南海トラフ地震[過去地震最大モデル]
※過去に南海トラフで繰り返し発生している地震(宝永、安政東海、安政南海、昭和東南海、昭和南海の5地震)を重ね合わせた地震モデル。
■ 最大震度
震度7
■ 最大津波高
標高3.5m(平均満潮位を含む)
■ 津波到達時間
57分
■ 想定する浸水域
臨海部の浸水は想定されていません。市南部の内陸側には浸水域が広がっています。
■ 液状化沈下量
臨海部の大半は概ね10cm未満。一部で10cm~30cm
碧南市の取組内容
1.碧南市臨海部企業の防災上の問題点と課題
(1) 企業アンケート調査からみた企業防災上の問題点と期待
経済産業省中部経済産業局が、平成26年11月に本市臨海部に立地する企業に対して行った「地域連携BCPの普及、策定支援に関するアンケート調査」では、臨海部の企業は次のような問題と期待を感じていることが分かりました。
□ 調査期間 平成26年11月25日~12月5日
□ 配付数 132社
□ 有効回答数 77票(有効回収率58.3%)
■ 自社だけの対応では限界
「防災力・事業継続力強化を図る上での問題点」については、「社内だけの対応では解決できないことが多い」が72.7%であり、次に「専門知識を持つ人材やアドバイスをしてくれる人がいない」が40.3%と、多くの企業が自社だけの対応に限界を感じています。
■ 災害対応の備えが遅れている
「緊急時対応の行動計画やマニュアルがなく、今後も策定の予定がない企業」が41.6%であり、多くの中小企業で災害発生時の緊急対応に関して備えができていません。
■ 被害想定の共有化と共同避難場所の事前合意に期待
「今後取り組みたい地域連携の取組み」では、「防災対策の前提となる被害想定の共有化」と「災害時の共同避難場所、避難経路等の事前合意」が49.4%であり、その地域に立地する企業が連携して対応することへの期待が高いことが分かりました。
(2) 企業訪問から明らかになった問題点と課題
災害時の対応について取り決めをしていない企業の経営者であっても、災害対策の必要性は感じています。しかし、次の理由から企業の対応が遅れている現状が判明しました。
ア 津波被害等の正しい情報が周知されていない
本市の臨海工業地帯は、南海トラフ地震が発生した場合でも、建物の上まで津波が押し寄せることは想定されていませんが、東日本大震災のイメージが強いために、逆に標高が低く、浸水が想定される内陸部側への避難を考えていた企業が多くみられました。
イ 適切な対応策を考える社内体制ができない
日々の業務に追われ、災害対策を担当する人員の確保ができない、専門的な知識を持つ人に相談できる仕組みがないなど、社内の体制ができない企業が多くみられました。
ウ 行政や近隣の企業に相談するきっかけがない
気軽に行政に相談できる仕組みや、平屋しかなく津波に備えて避難する場所が無い企業の場合、2階以上の安全な避難施設を有する近隣の企業に避難することが最も安全ですが、その企業に協力を依頼するきっかけが無い現状がみられました。
エ 外国人従業員への周知が難しい
外国人従業員もいるため、外国語対応のマニュアル作成等はハードルが高く、外国人従業員への周知が難しい現状がみられました。
(3) 対応課題
以上のような問題点から、企業の防災力を高めるための対応課題を次のように整理しました。
■ 安全な避難場所の指定
正しい情報にもとづいて、津波到達前に従業員全員が安全に避難できる場所を指定することが必要。
■ 日常業務の中で全従業員に周知
災害対策を担当する専門の人がいないことから、災害時の行動について、全従業員が日常の業務の中で理解する仕組みが必要。
■ 災害時に企業として判断する体制の明確化
社内体制ができていない企業でも、企業として判断すべき事項もあることから、その判断を行う体制を決めておくことが必要。
■ 気軽に行政に相談できる仕組み作り
防災対策を自社の問題として考える上で、行政に気軽に相談できる仕組み作りが必要。
■ 他社に避難する場合の事前の取り決め
安全な避難施設を有する近隣の企業に避難する必要がある場合、避難する企業と受入れ企業との間で事前の取り決めが必要。
■ 外国人従業員への周知
外国人従業員も、災害時にとるべき行動について、理解する仕組みが必要。
2.避難マニュアル
このような中小企業が抱えている課題に対応するため、本市は臨海部工業地帯の企業に対し避難ルートや避難場所などの現地調査を行うとともに、経営者と一緒に企業ごとの避難マニュアルを立地する約150社全社を対象にして作成することにしました。
(1) コンセプト
災害発生時に、経営者が不在であっても従業員のみの判断で安全な場所に避難することができるようにする。
(2) 構成及び仕組み
避難マニュアルは、A3サイズ両面4ページで構成され、1ページ目に避難場所、非常食等の保管場所、立地場所の標高、最大津波だ高等を記しています。平常時はこのページを来客者や従業員が日頃から目にする場所に掲示物として掲示することで周知します。 また2ページ以降が避難マニュアルとなっていることから、地震発生時にこの掲示物を持ち出すことにより、避難マニュアルとして機能する仕組みを構築しました。
(3) 内容
■ 安全な避難場所の確認・指定
2階以上の高さで全従業員が避難できるスペースを調査し、避難場所としての適否を確認したうえで、各企業に避難場所を指定してもらいました。
■ 社内の災害対策本部の構成員を明示
経営者が不在でも企業として判断しなくてはならない場合の責任者を事前に決めておくために、社内の災害対策本部の構成員を明示しました。名前が記載された従業員は、災害時に判断が求められるために、日頃から防災意識を持つようになる効果も期待できます。
■ 外国語で併記
外国人従業員にも避難場所が理解できるように、実際に働いている外国人従業員が理解できる言語で掲示物に併記しました。
■ 避難時の行動手順を記載
この掲示物は、2ページ目以降が避難マニュアルとなっており、これを持ち出して避難することで、避難後の対応ができるように工夫しています。
(4) 近隣企業との連携
平屋の建物しかない企業の従業員が、2階以上にスペースの余裕がある近隣企業に避難できるように、本市が企業同士のマッチングを行いました。その場合は、避難する従業員の非常食等の確保やケガをした場合の責任などを明記した覚書を企業同士が締結するようにしました。
3.事業の成果
(1) 中小企業の成果
ア 正しい被害想定の理解
従業員が正しい被害想定を理解し、被害想定に基づいて標高の高い臨海部の2階以上の建物へ避難する対応を取れるようになりました。
イ 災害対策に対する自覚
避難マニュアルにより自社の従業員の責任体制が明確になり、災害対策本部員の災害対策に対する自覚が高まりました。
ウ 外国人従業員の避難に対する理解
外国人従業員の避難に対する理解が広まり、避難ルート、避難場所が周知されました。
エ 非常食など備蓄の促進
避難マニュアルを作成することにより、自社のすべきことが明確となり、非常食や水などの備蓄が無い企業も新たに備蓄を始めるようになりました。
オ 企業が合同で行う訓練の実施
避難ルートや避難場所が明確となり、避難訓練を行うようになった企業もあります。特に近隣企業に避難する企業は合同で訓練を行うようになりました。
カ 防災に対する機運の向上
防災に対する機運が高まり、企業間で地域防災力向上に向けての話し合いが継続されています。
(2) 大企業の成果
大手企業等、既に個社BCPを策定している企業においても情報交換を行いました。その結果、作業場等への掲示及びそれを持ち出して災害時発生時の初動マニュアルとなる仕組みは、個社BCPを補完するものとなり、既に個社BCPを策定している企業でも利用されています。
(3) BCP策定に向けた第一歩
BCPの策定は、担当者の負担も大きく、愛知県内の中小企業の9割以上が策定していないのが現状です。しかし、今回避難場所の明確化という小さな階段を一つ登ることにより、「家族の避難場所の事前取り決め」や「会社との連絡方法の確立」等、二つ目の階段を自ら登り始めた企業も見受けられました。このように不安のない避難マニュアル作りがBCP策定に向けた第一歩になったと確信しました。
4.今後の展開
平成27年度~28年度の取り組み成果を踏まえて、臨海企業の防災力をさらに高めるために、今後次のような取組を経営者と一緒になって進めます。
(1) 避難マニュアルの更新支援
新たな被害想定が発表された場合等、避難マニュアル更新の支援を行います。
(2) 個社BCPの策定支援
引き続きBCP策定セミナーを開催して策定支援を行うことに加え、「家族の避難場所の事前取り決め」や「会社との連絡方法の確立」など事業再開に向けて必要とされる課題を一つずつ解決します。
(3) 事業再開に必要な情報収集体制の検討
事業再開に必要な主要道路及び沿道の被害状況、電気・水道等のインフラの被害状況に関する情報を収集・共有する方法を検討します。
(4) 取り組みの継続・発展
定期的に企業の合同訓練を実施し、避難マニュアルの実効性の検証と改善を継続的に進めるとともに、企業が共同で取り組む事項の検討・実践を積み重ねるなど、企業間の連携をさらに発展させて、防災力の向上を促進します。
(5) 関係機関との連携強化
事業再開に必要な情報収集は、名古屋大学と連携して情報システムの開発・運用を目指します。また、企業の共同の取組を発展させるために、臨海部工業地帯全域の企業が加盟する「碧南市臨海工業地帯防災連携協議会」と連携しながら取組を進めます。
(6) 全市の防災計画に反映
企業防災力をより高めるために、臨海部の取り組みを市全体の「地域防災計画」や「地震対策減災計画」等の全市の防災計画に反映させていきます。
パンフレット等のダウンロード
本市の取り組みをまとめたパンフレットや避難マニュアル等がダウンロードできます。貴社のお役に立てていただければ幸いです。
■ パンフレット
■ 避難マニュアル
■ 覚書
平屋建ての企業の従業員が近隣の2階建ての企業を避難場所として指定した時に締結した覚書の雛形です。
関連情報
・経済産業省中部経済産業局
⇒碧南市
⇒地域連携BCP策定の普及、支援機能の整備に向けた調査事業
■ 本編 ■ アンケート調査
・衣浦港務所
⇒衣浦港港湾BCP